鹿児島県・鹿児島市立病院

隔月刊ドクターズプラザ編集部

桜島の火山灰との戦い

周産期医療にドクターヘリが活躍

野口 航氏

野口 航氏

鹿児島市立病院・救命救急センター

 鹿児島県は、錦江湾で薩摩半島と大隅半島に分断され、屋久島、種子島をはじめとする自然豊かな離島を持つ。基幹病院は薩摩半島の鹿児島市内、大隅半島の鹿屋市内に集中しており、医師のいない離島もあるそうだ。また活動を続ける桜島からの火山灰という、特有の事情もある。
 鹿児島県ドクターヘリの基地病院である鹿児島市立病院は、鹿児島市内にあり、200㎞以上離れた離島まで広範囲をカバーしている。年間1000件を超える出動要請にできるだけ多く対応するため、鹿児島県独自の補完システムも運用されている。「救急医であり続ける」という鹿児島市立病院・救命救急センターの野口航先生に、鹿児島県のドクターヘリの活動などについて伺った。

 

鹿児島県の地形に合った機体を採用

― 鹿児島市立病院は今年の5月に新築移転されたそうですね。
野口 新病院は、地上8階建、敷地面積約4万4600㎢、病床数574床で、外来の診察室などが分かりやすく、病室や病棟も明るくなりました。敷地面積は以前の約2.8倍、延べ床面積で約1.3倍と拡充しております。
 当院は、1940年に鹿児島市立診療所としてスタートしました。その後、1948年に樋之口町(現加治屋町)に移転し、鹿児島県の急性期医療を担う中核病院として発展してきました。
 救急医療、がん診療とともに周産期母子医療にも力を入れており、1976年1月には、当院で国内初の五つ子が誕生しています。1978年に周産期医療センター、2007年に新生児集中治療室(NICU)、母体胎児集中治療室(MFICU)を設置し、同年に総合周産期母子医療センターの認定を受けました。
 救急医療の分野では、1968年に頭部外傷救急センターを発足し、1985年に救命救急センターと改め、2011年には鹿児島県小児救急医療拠点病院の指定を受けていました。

― 鹿児島県ドクターヘリの運航はいつからスタートしたのですか。
野口 2011年12月26日からです。移転前の病院は、鹿児島市の中央にある「天文館」という繁華街から徒歩数分の所に立地していたためヘリポートがなく、病院から車で約5分の海沿いにある浜町ヘリポートを利用していました。病院から浜町ヘリポートまでの移動は、一般車両型の救急自動車「ラピッドカー」で行きます。ドクターやナースに出動の連絡が入ると同時に、ヘリポートにも連絡が入り、ヘリの安全確認や準備が整ったところにドクターとナースが到着するという運用で、時間的なロスはほとんどありませんでした。新病院では、屋上にヘリポートが整備され、より運用しやすくなりました。

図: 飛行範囲・到達時間

― 出動範囲は。
野口 鹿児島市内から概ね30〜35分圏内が出動範囲です。早期の医療介入効果がある、つまり発症から医師が診察するまでの時間が短縮されるのであれば、鹿児島市内でも要請に対応します。鹿児島県は離島が多く、西の甑(こしき)島まで約20分、南の種子島、屋久島までが約30分、さらに南にある口之島、中之島までは市内から210㎞ほど離れており、40分ぐらいかかります。
 救急病院は、当院がある薩摩半島の鹿児島市と、大隅半島の鹿屋市に集中しています。救命救急センターは鹿児島市内に2カ所(当院と鹿児島大学病院)しかありません。地方は過疎と医師不足が深刻で、重症患者を診ることができませんし、医師がいない島もあります。通常ドクターヘリは消防からの要請によって出動しますが、鹿児島県の運航規程では、医師や消防がいない島では、村自体が要請できるようにしています。

― ドクターヘリの機体は鹿児島県が国内で初めて導入した機体だとお聞きしましたが。
野口 アグスタウェストランド社の通称「GRAND NEW」という機体です。機体の下はバーではなく、航空機のようにタイヤになっていて、飛行中はタイヤを格納するため、スピードはこれまでのドクターヘリと比較して1.2〜1.25倍ほど上がります。
 開口部も後ろではなく横にあるなど、他のヘリとの違いはありますが、我々はこの機体で訓練を積んでいるので、全く問題はありません。離島がたくさんあって網羅する範囲が広い鹿児島県では、エンジンスタートが速くでき、早く現場に向かえる機体は地域事情に合っていると思います。


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