(第23回)株式会社東急スポーツオアシス

隔月刊ドクターズプラザ編集部

地域と連携しながら介護予防事業を展開

高齢社会を迎える中で、高齢者と若者、全ての世代の健康をサポート
向井 宏典氏
向井 宏典氏
取締役常務執行役員
桑田 勇人氏
桑田 勇人氏
ヘルスケア事業 マネージャ

 1986年7月に1号店をオープンし、日本国内における総合型フィットネスクラブの先駆けとなった「東急スポーツオアシス」。現在は首都圏と近畿圏、広島エリアなど33カ所に施設を構える日本有数のスポーツクラブとなった。運営する株式会社東急スポーツオアシスは、2006年から介護予防事業も本格的にスタート。地域自治体からの受託で介護予防教室を実施するほか、独自のプログラムを考案するなどしてシニアマーケットの開拓に注力している。同社設立時から第一線で活躍している、取締役常務執行役員の向井宏典氏とヘルスケア事業マネージャーの桑田勇人氏に、シニア向け事業を中心とした同社の取組みについて話を伺った。

 

元気なまま歳を取るかは75歳が分岐点

― 東急不動産グループとしてスポーツクラブを手掛けることになった経緯を教えてください。
向井 グループではもともとスイミングプールやテニスクラブ、ゴルフ場の運営など、一つのスポーツに特化した事業はすでに展開していました。そんな中、たまたま吹田市江坂に”1階が飲食店、4階から上が法人契約による単身赴任者専用マンション“という、当時としては非常に珍しく、また画期的な物件をコーディネートすることになり、「空いている2〜3階を有効活用できないか」という話になりました。そこで当時の東急不動産の担当部長が考えたのが、「働き盛りの人々の健康をサポートする事業」だったのです。
 今から30年ほど前のことですから、健康産業という概念はまだ一般的ではなかったのですが、担当部長は「これからは健康産業の時代が来る」と考え、総合型スポーツクラブの開設を発案。85年10月に東急スポーツオアシスを設立し、翌86年7月1日に「東急スポーツオアシス」の1号店を開業しました。
 当時は30代のサラリーマンがメインターゲット。介護予防という発想はまだなく、「元気な人をより元気に」をコンセプトに展開しました。”オアシス“というネーミングにしたのも、都市部で自然が失われていく中で、日々一生懸命働いている方々のオアシスのような存在になりたいという想いからでした。東急グループが手掛ける初めての会員制スポーツクラブということで、注目度も高かったですね。

― 当時、桑田さんはどのようなお仕事をされていたのですか。
桑田 私は2年ほど別のスポーツクラブで働いていたことから経験者として採用され、1号店の立ち上げから関わっています。新入社員も6人ほど採用したのですが、店舗が完成するまでは現場研修ができないなど手探りの面が多く、とても苦労したのを覚えています。

― 介護予防事業に参入したのは。 桑田 2006年の介護保険法改正を機に、新宿区歌舞伎町に高齢者専用スタジオ「新宿エクササイズルーム」をオープンさせたのが最初です。これからはシニアビジネスがさらに活発化すると考え、高齢社会に向けた社会貢献の姿勢を強く打ち出す狙いもありました。


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