山本隆弘氏(バレーボール解説者)

隔月刊ドクターズプラザ編集部

“志”あるところに道ありき

準備した以上の結果は出ない。
精一杯練習したら、あとは無心で臨みたい

 1964年の東京オリンピック。「東洋の魔女」と呼ばれた女子バレーの活躍を記憶されている方はどのくらいいるだろうか。再び東京にやってくるオリンピックを心待ちにする今、女子だけでなく男子バレーも世界と肩を並べる存在となった。山本隆弘さんは、その立役者の一人。日本待望の長身サウスポーとして期待を一身に背負い、応えてきた山本さんに東京家政大学ヒューマンライフ支援センター准教授で管理栄養士の内野美恵先生が聞いた、健康管理や強い心身を保つポイントとは。

部員二人のバレー部で魅力にはまった中学時代

内野 身長201㎝とのことですが、2m以上の人とお話するのは初めてで、思わず見上げてしまいました(笑)。いきなりこんな質問をして申し訳ないのですが、靴のサイズはおいくつですか?
山本 30㎝です(笑)。

内野 30㎝! 普通のお店にはないですね。子どもの頃から大きかったのですか?
山本 小学生の時は飛び抜けて大きいというほどでもなかったのですが、中学校の3年間で31㎝、一気に伸びました。

内野 ご両親も背が高いのですか?
山本 父は180㎝、母は170㎝あります。

内野 やはりご両親とも高いほうなのですね。バレーボールを始めたのは、背が高くなったからですか?
山本 いえ、小学校では野球とサッカーをしていて、中学校では最初は陸上部に入ったのですが、中1の秋に友人に頼まれてバレー部に入ることになったんです。3年生が抜けたらその友人一人になっちゃって、「このままじゃ廃部だから、とにかく入ってくれ」と言われて……。それまでバレーをやったこともなく、やろうと思ったこともなかったのですが……。

内野 最近は「ハイキュー!!」(集英社週刊少年ジャンプに連載中の男子バレーボールマンガ)の人気でバレーボール人気も高まっていると聞きますが、それでも男子バレー部には部員が少ないという学校が多いと聞きます。
山本 そうなんです。女子はあっても男子バレー部はない学校もありますし。バレーボールの魅力を伝えることで、そういう状況を変えていきたいですね。

内野 山本さんの中学校も、危うく廃部のところを山本さんの入部で存続できたわけですね。
山本 でも僕が入って部員二人ですよね。顧問の先生もいないし、何をどうして良いかも分からない。取り敢えず体育館に行くと、コートは女子バレー部に占領されている。ボール1個持ったままフリーズ状態ですよね(笑)。仕方ないのでステージの上で、女子の練習の真似から始めました。とはいえ二人なので、パスくらいしかできなかったんですけどね。

内野 そんな状態から、どのようにバレーに夢中になっていったのですか?
山本 部員が一人、また一人と増えて、いつの間にか8人になったんです。それで2年生の秋の新人戦に出ることになり、初めてバレーボールのコートで試合をしました。1個のボールを6人で、できないながらも必死で球を追いかけたのですが、結局1点も取れませんでした。けれど、何だかそれが凄く楽しかったんです。


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