女性の医療者を育成する取り組み

隔月刊ドクターズプラザ編集部

女性の健康を守ることは、自分のアイデンティティ

藤田 則子氏

藤田 則子氏

国際医療協力局
運営企画部 保健医療協力課長

 本連載9回目の今号は、運営企画部・保健医療協力課長の藤田則子先生に登場いただいた。藤田先生は特に紛争後の国で母子保健や人材育成に長年携わっており、今年10月には、世界産婦人科学会連盟より「世界の低〜中資源国で活動する女性産婦人科医」として表彰されている。今回はアフガニスタンでの活動に焦点を当て、支援の内容や、長い戦争後の国の状況や問題などを伺った。

女性は、女性の医師でなければ診てもらえない

― 藤田先生は2003年以降、アフガニスタンの支援に携わったそうですね。
藤田 はい。それまで20年以上内戦が続いていたアフガニスタンは、当時、あらゆる社会制度が崩壊しており、2002年末の和平合意以降、国を建て直すために国際社会が一斉にさまざまな支援に乗り出していた時期でした。
 保健医療に関しては、2002年から、国全体にどれだけ診療所や病院があり、どこが機能しているのか、そこで働いている医師や看護師はどれだけいるのかなど、保健医療の現状を把握する調査が行われました。まずそれを知らなければ、何を、どういう優先順位で支援すべきかが分からないからです。
 私は2003年3月〜2004年12月までの間は、数カ月単位で渡航して、その後の5年間の技術協力プロジェクトの準備をし、2005年〜2008年は現地に滞在して、プロジェクトの仕事をしました。

― 日本はどのようなテーマで支援に取り組んだのでしょうか。
藤田 女性の健康が大きなテーマでした。
 女性の社会的地位や家族の中での役割など、イスラム教特有の考え方があり、女性は女性の医療従事者でなければ診てもらうことができません。しかし、当時は女性の医師や看護師がいなくなってしまっていました。5〜6年続いたタリバン支配の中で、女子は学校に行かれなくなり、基礎教育すら受けられない状況になっていたからです。その結果、当時の女性の健康指標は、世界のワースト3となっていました。例えば妊産婦死亡率は10万人当たり2000人でした。日本もかつて妊産婦死亡率が高かった時代もありましたが、それでも10万人当たり500人です。私たちが経験したことのないような状況にあった当時のアフガニスタンでは、女性の健康は最優先課題だったのです。
 病院も診療所も破壊されて機能していませんでしたから、まず建物に窓ガラスを入れ、屋根を付けるなど、施設の整備をしつつ、基礎教育も含めて1年間の教育で助産師を育て、女性の医療従事者を増やすことに取り組みました。

― 先生自身は、具体的にどのような活動をしたのですか。
藤田 私は産婦人科医なので、その視点を活かして調査の一部や結果のまとめ、計画の立案から支援活動までに携わりました。


1page | 2page | 3page | next >>