作品作りのためには徹夜もいとわない

隔月刊ドクターズプラザ編集部

公私をともに音楽活動にささげる、編曲家の多忙な毎日

池田大介

池田大介氏(編曲家)

1964年、山口県出身。日本大学芸術学部音楽学科(作曲)卒業。株式会社ビーイングに所属。1988年に作編曲家デビューし、以降、B’z、TUBE、ZARD、WANDS、DEEN、倉木麻衣など数多くのアーティストの作品にアレンジャーとして参加。ストリングスアレンジャーとしても、数多くの作品に参加している。ほか、シンセサイザー・プログラミング、ディレクター、ライブのサポートミュージシャン(キーボード)など幅広い分野で活躍中。

 多彩な形で音楽活動に携わっている池田大介氏の毎日はとてもハードだ。曲をリリースするための仕事は不規則で、徹夜は当たり前の世界。食事も睡眠時間もばらばらで、決まった休日を取るのも難しい。しかし、多忙な毎日を縫うようにして海外に出掛け、発展途上国でのボランティア活動も行っている。音楽業界の仕事の様子や、そしてボランティア活動について詳しくお話を伺った。

子どものころから音楽一筋

― 現在は主にどのようなお仕事をなさっていますか?
池田 一番メインの仕事はレコード会社での音楽制作です。僕はスタジオでのレコーディングと編曲を担当しています。

― 音楽を始めたのはいつからですか?
池田 幼稚園のころにヤマハの音楽教室に通い始めたことが音楽との最初の出会いです。大学も音楽系の学科に進み、社会に出てからもそのまま音楽の仕事に就きました。音楽一筋の人生を送ってきたのは、やっぱり音楽が好きだからだと思います。

― 大学を出た後は就職されたのですか?
池田 最初はレコード会社に就職し、3年弱ディレクターのアシスタントの仕事をしました。その後、他の音楽事務所に移籍し、そこを経て 、現在の会社に入社しました。それからはずっと編曲の仕事を中心にしています。

― 編曲の道に進もうと思ったのはなぜですか?
池田 子どもの時に通っていたエレクトーンの教室で、よくアンサンブルをしていて、それがとても自分の肌に合ったんですよね。大学でミュージカルの部活に入部し、オリジナルの音楽作りを担当したことも大きいです。ミュージカルというのは、歌って踊る役者だけでなく、脚本家、演出家、大道具係、照明係など、さまざまな役割の人で作り上げる総合芸術です。ミュージカルを通じて裏方的なモノ作りに興味を持ったのが、今の仕事につながっています。

― 自分でバンドを組んで表に出ようという気持ちはなかったのですか?
池田 それよりは、むしろ作品を作っている方が楽しいですね。もちろん、ステージ上で歌ったり演奏したりする人たちには憧れますけど、彼らは絶対に演奏中の自分自身の姿を生でリアルタイムで見ることはできないじゃないですか。でも、作る側というのは、最終的にお客さんと一緒に出来上がった作品を体験できますからね。

食事も睡眠時間もばらばらの不規則な生活

― 編曲というお仕事について教えてください。
池田 音楽制作は全てがチームワークです。ちょうどテレビ局でドラマを制作するのと似たようなものかもしれません。ドラマでは、視聴者は俳優が演じているところしか見ませんが、そのドラマを作るためには、俳優のスケジュールを調整する人やドラマのスポンサーを集める制作マン、ドラマの撮影のために洋服を用意するスタイリストなど、見えないところで働く人がたくさんいます。ドラマの制作と同様に、僕は曲作りのチームの中に加わって裏方として仕事をしています。

― 日常生活はどんな感じですか?
池田 非常に不規則です。音楽は本来芸術なので、追究すると限りがないものなのでしょうが、それをビジネスとしてお客さんに届けなければいけないので、発売日という絶対的な締切に向かって全力を尽くさなければいけません。私も決まっているボーカルレコーディングの日に合わせてアレンジを用意する必要があるのですが、スケジュールを守れないとチーム全体のスケジュールが遅れて多大な迷惑を掛けます。ですから、スケジュールを守るために、今夜寝ないで頑張り、翌日を何とか乗り切ろうとすることが多々あるわけです。


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