医師の眼差し㉚ : 45歳を過ぎたら前立腺がんの検査を

隔月刊ドクターズプラザ編集部

採血だけの検査で、早期に発見することができる

医療法人社団 成守会 成守会クリニック院長 沖 守氏

沖 守氏

沖 守氏

1982年獨協医科大学卒業。2005年成守会クリニック開業。前日本医科大学泌尿器科講師、日本泌尿器科学会専門医及び指導医、日本透析医学会認定医。
 

結石を体外から破砕する夢の治療法

― 医師になろうと思ったきっかけはなんでしょうか。
沖 私の父は産婦人科の医師で、東京の狛江で開業していました。生まれた時から父は医者でしたから、私が医者になるのも宿命のような感じでしたね。ただ、父から医者になるように強制されたことは一度もなく、「好きなものになれ」と言われていました。父は昔、戦闘機乗りだったので、私もパイロットになりたいとずっと思っていましたが、目が悪くなってしまったのであきらめました。
 私自身は、医者になったら当然父の後を継ぐつもりでした。医学部の6年生の時に「跡を継ぐ」と言ったら、「夜も寝られないし、子どもと遊ぶ時間もないから辞めろ」と言われ、泌尿器科の医師になりました。狛江の父の病院は、父が亡くなって廃院しました。もったいなかったですね。

― どんな青春時代を過ごしましたか。
沖 剣道しかありませんね。中学1年生から大学を卒業するまで、ずっと剣道部に在籍し、中学でも高校でも主将でした。大学に入る時の内申書でも、剣道部に入ることが条件でしたから、他のことは許されませんでした。
 剣道を始めたのは小学生の時です。最初は柔道をやっていたのですが、臭いし、痛いし、子どもながらに嫌だなと思って、父に辞めたいと言ったところ、「辞めてもいい。その代り剣道をやれ」と。剣道を始めたら、もっと臭いし、もっと痛いし……(笑)。でも次に代わるものがないので、大学卒業まで続けました。根性があったから続けたというより、一度始めたことを途中で辞める勇気がなかったからだと思います。
 剣道の練習は、まず朝、裸足で走ることから始まります。これが本当につらい。特に冬は足の感覚がなくなるくらい冷たいし、夏は夏で、暑いなか防具を着るのでつらかったですね。
 今は剣道ではなくゴルフ。ちゃんと練習もしますし、良い仲間もできますし、まじめに楽しんでいます。

― 忘れられない出来事はありますか。
沖 手を尽くしても助けられなかった患者さんのことは、しょっちゅう思い出します。
 ただ今までを顧みると、一番衝撃的だった出来事は、体外衝撃波結石破砕という画期的な治療法が生まれ、ほとんどの結石治療に開腹手術が必要なくなったことです。結石は小さくすれば尿と一緒に外に出すことができますので、体外から衝撃波を当てて結石を割ってしまうという治療法です。傷も一切残りません。私が医者になった当時は、ほとんどの結石は手術で取り除くしかありませんでしたが、3年後ぐらいにはそういう機械ができました。そんな治療ができたら夢みたいだと思っていましたが、現実にできるようになったことは衝撃的でしたね。今では結石治療で開腹手術をすることは、まずありません。治療法が全く変わりました。


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